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リレーコラム

NO.5 「大地に座る」 鳳鳴41期 1989年卒  河田展安さん

3/4/2023

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「大地に座る」
鳳鳴41期 1989年卒 河田展安
​
幼少期の体験が全ての方向性を決めた。脳裏に鮮明に蘇る山の記憶
。春に蕨採り。太く黒々としたカギ蕨をボキッと折る音、マムシの潜む生暖かい薮の匂い。木灰でアク抜きしたお浸しは翡翠色で粘りが心地良かった。
秋は網茸採り。目を皿のようにして最初の一つを見つけた時の興奮と更なる欲求。蜂の巣の周りだけ沢山生えている罠。醤油と酒と鷹の爪でキリッと煮付け大根おろしで食べる南蛮この味は大人の味だった。
故郷秋田の大自然は私の遊び場兼最高に美味しい食べ物の宝庫。心の中には常にこの先には何が?未知の食材は?
鳳鳴山岳部卒業後獨協大学で探検部を創立。ゴムボートやカヌー、自転車を移動手段に選び日本で練習、世界を探検。
卒業後秘境旅行専門の旅行会社に7年勤務はしたものの、多忙を極め毎日終電の生活に未来を感じられなくなり、実家鷹巣に戻り、森吉や田代のブナの原生林に通うようになった。みずみずしい山菜や若い茸を採り、市日で売る生活。東京の友人知人も沢山買ってくれた。
でも将来やっていけるのか?突然神様が採集系マタギの師匠との運命的な出会いをくれた。山菜や茸に対しての良し悪しの見分け方、採り方、増やし方、運び方、山での泊まり方、保存の仕方、洗い方、選別方法、並べ方、送り方、加工の仕方、料理方法迄厳しく教えてくれた。
更に岩魚や山女魚、岩牡蠣、様々な野生の木の枝や木の実。採集の対象は広がり続けた。
今年で23年目。少しずつ興味を持って下さるお客様も増えて来た。料理人を山に連れて行って自生している食材を説明して少しだけ味見。採取して料理して食べさせると大いに喜ばれた。
秋田白神ガイド協会に所属後日本山岳ガイド協会の登山ガイドの資格を取得。外国人も案内するようになった。
秋田の大自然は四季折々の食材の宝石箱。
私はそこから美味しい宝石を探して本当に必要としている人に渡すだけ。
中には涙を流して喜ぶ人もいる。これは天職だ。
今の緊急課題はジビエの解体と流通。秋田北部に解体出来る施設が無い。どの位の費用がかかるだろう?山の神様からの贈り物をきちんとした形で渡してお客様の笑顔が見たい。
結婚して13年。可愛い子供も4人授かった。淡々とニコニコと飄々と黙々と、出来るだけ頼まれた事をやり続けてあの世に行きたい。

​2023.3.4掲載
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no.4 「幸せの青い鳥はいずこに」  鳳鳴38期 1986年卒 小棚木政之さん

1/12/2023

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「幸せの青い鳥はいずこに」
 鳳鳴38期 1986年卒 小棚木政之
(鳳鳴会副会長 大館市議会議員)
 
 帰省中の後輩何人かが年始の挨拶で拙宅に寄ってくれました。いつも話題は「寂れゆく故郷」に収斂されます。彼らは「帰ってくる度に寂しくなっていきますね」などとしたり顔で話し、「田舎は先輩に託しました。頑張ってください!」となります。内心「みんなが帰ってくればこうはならないのだぞ」と思ったりするのですが、都会で苦労も多かろうと思い「ふるさと納税くらいは頼むよ」とお願いして再会を誓うのが常になっています。
 
 だいぶ前ですが、大館能代空港で面白いお婆ちゃんに遭遇しました。羽田便に並ぶ列で「にゃー 東京って不便な場所だな!」と宣われた。結構大きな声だったので周りの乗客は皆クスクス。私は東京が不便とは此れ如何に、と聞き耳を立てました。「飛行機が1日2本しか飛んでねもの!」とブツブツ。失笑は拡がったのですが、私は「天晴れ!」と心の中で叫びました。
 

 地方に住む我々はいつしか都会発の情報に塗れ主体性を失っていないか。確かに東京から見れば不便に見えるだろう。しかし私たちは此処にいる。不便なのは其方なのである。こうした宿痾は地方に住む者だけが抱えている訳ではなかろう、などと思ったものでした。昔から隣の芝は青く見えるというし、メーテルリンクの「青い鳥」でも幸せは足元にあると語られています。
 
 最近は秋田にも移住する若い人が少なからずいます。彼らは私たちが気づかないこの土地の良さを、上手く表現してくれます。その度に自分は何も解っていないな、と反省しきり。歴史の勉強が全くダメだった私ですが、今更ながら古い話に強い興味を持つようになりました。県公文書館に行って調べ物をし、古本屋を漁り、時には国の機関に照会をするなどして宝探しをするのが趣味に。人口がもっと少なかった時代に、果敢に社会を拓こうと奮闘した先人の熱い想いに触れることが出来、勇気をもらっています。
 
 大館能代空港の青い飛行機も期間限定ながら3便化しています。ぜひ宝探しにお出かけください。なかなかね…という方はふるさと納税をお願いします(笑)

2023.1.12掲載
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NO.3 「卓球万歳」   鳳鳴23期 1971年卒   加賀谷修さん

10/22/2022

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「卓球万歳」
鳳鳴23期 1971年卒 加賀谷修

鳳鳴高校に理数科1期生(1クラス45名募集)として入学してから55年が過ぎました。
担任のH先生が張り切りすぎて、今でいうパワハラ的な指導を受け、毎日戦っていたような思い出があります。その効果か、東大にM君、京大にI君、東北大医学部にA君、2人しかいない女子のKさんはお茶の水大の理学部、Mさんは新潟大の歯学部。44人しかいないクラス仲間は名高い大学に進学していきました。みんな古希を迎えたわけですが、元気かな。高校卒業後10年目に一度クラス会をやりましたが、その後音信が絶えています。

今の卓球人気を大変うれしく思う一人です。大学時代に、タモリが卓球をやる人は根暗で女性にもてないとテレビで発言して嫌な思いをした記憶があります。その後、福原愛によって人気が出て、石川佳純や水谷隼たちが世界選手権やオリンピックでメダルを獲得し、テレビ東京での放映もあり、人気は絶好調に達しました。

中学校で卓球部に入り、高校ではやりませんでしたが、大学で体育会に入り、卒業後に神奈川県で数学の教員になり、65歳まで卓球部の指導に情熱をそそぎました。指導した生徒の活躍もあり、高体連の役員を務めました。世界選手権横浜大会の中枢部にかかわり、大成功に貢献し、今は、日本卓球協会の組合せ委員長として、すべての全国大会の組み合わせに責任者として携わっています。また、神奈川県卓球協会の事務局長として、事業部長として卓球の普及や発展のために忙しい毎日を送っています。先日も栃木国体に選手団を引率し代表選手が頑張ってくれました。生涯ボランティアとして卓球にかかわっていけたら幸せです。
皆さん「卓球やりましょう!」

2022.10.22掲載
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NO.2  「野球に感謝」 鳳鳴31期 1979年卒   石戸谷浩徳さん

7/21/2022

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「野球に感謝」
鳳鳴31期 1979年卒 石戸谷浩徳
​(共栄火災海上保険株式会社 社長)
​
私は、野球が好きです。今は、もっぱら観戦ですが、主に高校野球とプロ野球を各々の楽しみ方で観ています。

プロ野球は、柔らかいグラブさばき、守備範囲の広さ、肩の強さ、素早い連携プレー、打球の速さ、ピッチャーの球の速さやキレなど、数々の高度なプレーを観られるのが魅力で、練習からワクワクして観ています。そして、応援しているチームの勝利が大事です。

高校野球も、試合に勝つことも大事ですが、勝利を信じて戦うことそのものや部活動全体に意義があるように思います。今年も、夏の高校野球の甲子園に向けた予選が始まりましたが、結果として試合に負け甲子園行きが叶わなくても、野球部の活動を立派にやり遂げたという達成感の空気を味わえると思います。
40年近く住んでいる神奈川県の高校野球は、私立の強豪校以外がベスト8に入るのが難しい状況にありますが、公立のしっかりしたチームも少なくありません。そうしたチームを母校鳳鳴とも重ねて応援したくなり、毎年数試合は勝手に球場で応援しています。試合そのものも楽しく見ますが、そうしたチームの試合後のミーティングも素晴らしいので、邪魔にならない程度に耳を傾けることもあります。
監督が部員に対し、試合内容や部活動を誉め労い、部員も涙ながらにうなずき、また部員同士で互いに「お前はよくやったよ」などと讃え合っている姿は感動的です。関係者でない自分までもが、特に3年生の高校球児たちに拍手でエールを送ることもあります。

私にとって、高校野球をやっている球場にいる時間は、日常や年齢を忘れて心が高揚し、ときに高校時代の卓球部での活動を反省も交えながら懐かしむときです。今さらやり直しはできませんが、今からの人生で後悔が少なくなるように頑張ろうという気持ちになります。

また、そうした気分を味わえる楽しい季節が始まりました。そう言えば、高校を卒業したばかりの頃、同級生の友人と元気なうちに甲子園で(勝った後の)校歌を歌いたいねと話したことがありました。東日本大震災の年は、震災対応を第一とする仕事のため甲子園行きは叶いませんでしたが、そろそろ本当に行きたい気持ちになっています。
​
この原稿を書いている数日間、秋田県予選で鳳鳴はベスト8に勝ち上がり期待が高まりましたが、準々決勝で惜しくも1点差で敗退しました。
心はもう来年。頑張れ鳳鳴健児!

​2022.7.21掲載
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no.1 「人との縁」   鳳鳴30期 1978年卒   武藤直人さん

3/27/2022

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「人との縁」
鳳鳴30期 1978年卒  武藤直人

私は、「人生って人との縁だよな」ってよく思います。特に秋田を離れ神奈川に就職してからは、そんなことを感じさせられる場面によく遭遇しました。

神奈川県の新採用教員の宿泊研修があり、指導教員とたまたま話をしたら、なんと大館鳳鳴の先輩だったのでびっくりしました。しかもバレー部の方だったので、3-D担任の田口先生に電話しちゃおうということになり、夜に先生に突撃電話をしてしまいました。今日、こんな偶然の出会いがあったと報告したら、とても喜ばれて、「まあ仲良くやっちゅくれよ」と懐かしい口癖が聞けてうれしかったです。

教育委員会のスポーツ課に異動になった時の話ですが、福岡県の射撃場で散弾銃の鉛玉が土壌や水質を汚染していることがニュースになり、神奈川県の伊勢原射撃場も早急に対策を講じろと知事から指令が下り、すぐに調査のため福岡県に視察に行きました。福岡県としては、あまり来てほしくないという雰囲気でしたが、なんとその担当者が大学の卓球部の後輩だったので、視察は無事に終えられ、博多の夜の案内までしてもらい、気の重い出張のはずでしたがおいしい視察になりました。

この話には、まだ続きがあり、伊勢原射撃場から出る大量の汚染土壌を鉛のリサイクル精錬技術を持っている小坂鉱山で処理することになったのです。秋北ホテルに前泊して、現地視察のために予約していたタクシーが来たら、運転手が降りてきて「おー直人、元気でらが!」、なんと運転手がいとこでした。予約表の私の名前を見てみて、担当を代わってもらったそうです。乗り込んですぐに秋田弁で喋りまくったので、同行の課長には、疎外感を感じさせてしまい申し訳なかったです。

書きたいエピソードは、まだありますが、本当に「人との縁」って不思議なもので、逆にないがしろにすると痛い目を見ることもありますよね。だから私は「人との縁」を大事にしたいと思っています。

​2022.3.27掲載
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